瑠璃色宇宙

六部純/絵に関するエトセトラ☆

求めているもの

tombi

最近わたしは、変わっていく友達や、もろもろのことを、なんだか寂しく感じていた。

悩んだり、迷ったり、救いたいと思ったり救われたいと思ったり、孤独を感じて苛立ったり、一人でいたいと思ったり、でもそんな自分全部を馬鹿らしく感じたり。

そんな中、昨日、ポルトガル発祥の音楽、ファドを唄っているTAKUさんのライブに行ってきた。

ファドは、リスボンの夜の酒場でギターの伴奏で歌われているもの。
運命とか宿命とかいう意味を持っていて、切なく哀しい運命の歌が多い。

TAKUさんのライブは、いつも迷っているわたしにヒントを与えてくれる。


つい先日までTAKUさんはリスボンに何度目かの滞在をしていたのですが、そこでお友達が亡くなったそうな。
亡くなった彼は、ボヘミアン、無宿者、と呼ばれていて、いったい何で生計を立てていたのかもわからない、
彼は、ただいつも街にいて、友人と語らい笑い、毎日歌を唄っていたそうだ。
TAKUさんが居心地の悪い場所にひとりでいたりすると、TAKUさんの肩をポンと叩いて一声かけてくれ、TAKUさんをホッとさせてくれる、そんな存在。
TAKUさんは今回の滞在でもいつも通り「元気かい」「元気だよ(彼はいつも元気だと答えるそうです)」という会話を交わし。
が、2日後、彼は自宅で遺体で発見された。まだ40代前半、若いのに。

社会から何ら評価されていたわけでもない彼だけれど、神様からはちゃんとカウントされていたんじゃないかと思う、彼のようにボヘミアンな生き方をしたいと、TAKUさんはMCで話していた。

わたしはTAKUさんが唄っている間、ずっと、絵について、考えていた。
そして思ったこと。
わたしにとって、絵は生き方そのものなんだということ。

すごいと言われたいわけじゃない、有名になりたいわけでもない、もちろん褒めてもらえれば嬉しいけれど、
それ以上に嬉しい瞬間がもっとたくさんあったはず。

死んだら何も残らなくてもいい、ただその日が来るまで絵を描いて、自由にボヘミアンに生き、死んでいけたら、それが最高の幸せだろう。

昔からやりたかったことをやろうかな。
わたしも路上で、行き交う人とのさりげない会話を楽しみながら。

バラバラにあちらこちらを向いていた視線がひとつの方向にまとまっていくのを感じた。

わたしは、わたしでいよう。

こんなことを考えさせてくれたTAKUさんに感謝。

わたしの絵画展もこんなことを考えるゆとりを与えられる空間になればいいなぁ・・・


求めていると答えは自然に向こうからやって来てくれるに違いない。



=追記=

わたしの中には、常に「とんび」が棲んでいる。



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