瑠璃色宇宙

六部純/絵に関するエトセトラ☆

絵にできること


最近絵の依頼(お孫さんやペットを描いてほしい、など)がぐんと増え、
昨日も、絵の依頼主の友人に、絵を渡してきました。
描いたのは、この世を去ってしまった猫ちゃんたちです。

でも、写真を見ながら、ふと思うわけです。

なぜ写真ではいけないのか?
絵にする意味は何なのか?

依頼されてから描き上げるまで、かなりの時間を空けてしまったのだけれど
ようやく出来上がったとき、連絡すると、依頼主である彼女は、
死んでしまったことを認めるのが怖い、と、絵に会うことを数日ためらい
けれど、新たな生を受けてそこにいるならと、勇気を出して絵を迎えにきてくれました。

喫茶店で箱から取り出し見せると、彼女は思わず涙ぐみ
少し眩しそうに、嬉しそうに、微笑みました。
悲しみの涙とは違う涙を見られたことが
友人として、また、ひとりの絵描きとして、嬉しい。

なぜ写真ではいけないのか?というわたしの問いに彼女は
「欲しいのは、その一瞬だけではないんです」というような内容のことを答えました。

絵にできること、絵にしかできないことについて
考えさせられます。


依頼される絵は、個展に出すのとはまた違う。
依頼主さんと、絵のモデルに支えられていますね。

どうもありがとう。

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